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傍らに置いておきたいエッセイ★「映画にまつわるXについて」

敬愛する映画監督・西川美和さんのエッセイ集
「映画にまつわるXについて」

広島カープをこよなく愛する西川さんの絶妙なたとえや
その様子が映画のワンシーンのように
浮かび上がってくるフレーズ。
映画「ゆれる」の出演者・香川照之さんとのエピソードや、
最新作「永い言い訳」主演の本木雅弘さんとのメールのやりとりや
子役の子どもたちとの苦戦の様子などの撮影秘話がたっぷり。
会社や電車の中なのに、
思わず吹き出してしまったり涙を堪えるのに苦労したり。

そんなエッセイ集の中から
「誰かが作ってくれる食事」をご紹介したいと思います。

誰かが作ってくれる食事

三年前、私は子供のいる友人たちの家々を泊まり歩いていた。新しい映画(「永い言い訳」)
のために、小さな子供のいる生活を観察しようとしていたのだ。親たちはどんなリズムで暮
らし、そして部外者かつ子供を育てた経験のない私自身は何を感じ、彼らとどのように関わ
るかを知るための体験取材であった。
(中略)
夫が単身赴任で二人の小学生を一手に抱えるお母さんが作る、ロールパンにハムやレタスや
卵を挟んだ彩りきれいな朝食。夫婦共働きの自営業で、在宅業務のお父さんがル・クルーゼ
の鍋で炊いたご飯と白菜と豚肉の煮物、れんこんのきんぴら、大きなフリルのようなめかぶ
を丸々ゆでた酢の物。新感線通勤でデパート勤務をするお母さんが並べた出来合いの餃子に
手作りのサラダとお汁ー仕事と家事と育児の合間に親たちは座る暇もなく食事を都合する。
 子供たちはくちゃくちゃとけだるげにそれを口に運んでいたが、私はどの家庭のどのメニ
ューにも、これほど旨いものがあるだろうかと感激していた。
(中略)
 学生で上京して数年経った頃、実家から遊びに来た母をチェーンの居酒屋に連れて行った
ことがある。何でも良いと言うから、しめ鯖やニラ玉、豚キムチ、揚げ出し豆腐など、どこ
の居酒屋にもあるものを頼んだら、母はそれをしつこいほど「おいしい」と言って食べてい
た。それほどだろうかと私は思ったが、結婚以来、たまの里帰り以外は三度の食事の献立に
頭を悩ませない日の無かった母は、ただ黙って座っていれば他人が次々食事を作って運んで
くれることの「旨味」を、噛みしめるように味わっていたのではないか。
二十年余りが過ぎた。私は家族も抱えず、食事の都度に母のような腐心があったわけでもな
いが、それでも自分が何をどうして食べるかについて一度も考えずにすむ日は少ない。そろ
そろご飯ですよ、と言われて席に着くと、誰かが作った食事が湯気を立てて並んでいること
の安堵感に意表をつかれる。プロ級の腕などでない方が良い。野菜の切り方が揃っていなか
ったり、入れるはずの調味料を忘れていたり、それが人の味がしてなお旨い。店と違って少
し食い足りなかったりもする。しかしその分量の中で家族と分け合って食事を終えるのも、
また良い。「もういらなーい」と身体をくねらせ、魚を半分残す子らを見て、「そんな贅沢
今だけだぞ」なぞと他人の分際で説教をたれたりして、実に幸福な日々を送った。

*******
西川監督とお母さまの様子が
自分と母に被って、じんとしてしまいました。

私も日ごろ、“働くお母さん”の友人たちを見ていて
かなわないと思わされます。
このエッセイに込められた想い。
何気ない日常が幸せなんだと、胸がいっぱいになる。

西川監督の美しくて男前なお人柄が滲み出る文は
やっぱり好き!の想いが次から次へと溢れてくるのです。

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by robetissage | 2017-12-05 22:22 | 本・映画 | Comments(0)

校正士ときどき物書きをやっています。音楽サイトYUMECO RECORDSにて「虹のカケラがつながるとき」連載中★日本語の美しくて奥深いコトバを紡ぐ人でありたい。


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