自分のルーツを探して★吉見佑子さん

最近の作業の一環として行っている
自分のルーツ探し♡

私が何かを書いていきたいと思うきっかけになった人。
それは音楽ライター(評論家、ラジオの仕事などいろいろ)の
吉見佑子さん。
今日、ふと思い出して。
どうされているのかなぁと思って調べてみたら
変わらず、音楽業界にいらっしゃるご様子。
そして、吉見さんの書かれた文章を読んでぐっときた。
やっぱり、好きなものは変わらないんだなぁ(*^^)v

そんな吉見さんの2011年4月25日のつぶやき。
つぶやきにしては長い…(^^ゞ記事?

*******


尾崎豊が亡くなって20年経ったと。お通夜へ行った事を思い出す。
吉川晃司と岡村靖幸と一緒に。
3人とも確か同い年で仲が良かった。
吉川君はアイドル扱いが嫌だった頃で尾崎に憧れていた時期だった。
岡村君はあの頃はどこから見ても天才で、3人は今の瑛太とか松田龍平とか、同じ時代の戦友だった。

尾崎豊は銀色夏生の才能に嫉妬しているようなところがあった。
尾崎豊の最後のライブ、10月31日、彼のツアーの最終日、私はYOSHIKIと銀色夏生を誘って出かけた。
尾崎はYOSHIKI を嫌っていると噂は聞いていたがYOSHIKIは尾崎のファンだった。
彼らは同い年だし紹介したかった。

あの頃、私も自信があった。
同じレコード会社にいたけれど尾崎豊とYOSHIKIは面識がなかった。
ライブが終わって楽屋打ち上げに尾崎は笑顔で赤ちゃんを抱いて現れた。
「ソニーの危険な兄弟みたいなものね、ふたりは」なんて紹介をしたのを覚えているが良くそんな事を言えたもんだ、私も。昔の話。

そして尾崎は亡くなった。
私たちが見たあのライブが最後になった。
私はYOSHIKIと尾崎で食事か対談を、出来ればいいなあと思ってはいたけれど、実現出来なかった。
今のYOSHIKIのイメージだと尾崎とはずいぶん違うように見えるけれど、あの頃はどこか似ていた。
ピュアの表現が違うだけ。
若かった、YOSHIKIも尾崎豊も。
亡くなった尾崎は青春の踏切で立ち止まったまま。
残って長く生きて戦うという事は残酷なレースになる。それでも生きた方がいいと思うけれど。

岡村ちゃんにも吉川君にも YOSHIKIにも、そして尾崎を兄と慕ってた吉岡秀隆にも20年が過ぎた。
あの日から。

尾崎豊のお通夜、呆然と座り込んでいた吉岡秀隆の少年じみた横顔を見た。
吉川君は黙ってクールを装ってた。
いたたまれないように岡村靖幸はそこにあった料理を片っ端から食べていた。
チキンを口のはじで睨むように食いちぎってた姿を覚えている。
並んで歩き、そして永田社長とみんなで西麻布で飲んだ。

西麻布のダーツバーで尾崎豊を見た。
スーツ姿でたくさんの薔薇の花束を抱えていた。
映画のワンシーンの美しい王子様みたいだった。
ニヒルに話していても口の横にある皺とえくぼは彼を純情王子のように見せていた。
一番きれいな頃だったと思う。
ジーンズに白いTシャツというイメージが嫌だった時代だ。


*******


4月25日…尾崎豊さんの命日なんですね。
そして、明日がそう。
これは偶然、でしょうか・・・?
今気づき、深夜の時間帯…ちょっとぶるっときちゃいました。

あの日、東京は雨が降っていたことを覚えています。
涙雨だと思った…。

話が脱線してしまったけれど
吉見さんは、せっちゃん(和義さん)やミッシェルのこと
また気になるアーティストのことをつぶやかれていて
ここでもやはり何か繋がっているような気がしてなりません(*^^*)
ただ、誤字が気になる…職業病(^^ゞ

そして、私のなかには吉見さんのSPIRITが宿っている(-_^*)💕

いつか吉見さんにお会いして、
この想いをお伝えしたいと思っています(*˘︶˘*).。.:*♡





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Commented by yumcafe at 2016-04-24 17:12
うん
尾崎好きだった
岡村ちゃんも吉川くんも。
岡村ちゃんは松岡くんとも一緒にいたかな
Xも好きだった
あの時代 よかったね
懐かし
私もつぶやいてみました(笑)
Commented by robetissage at 2016-04-24 18:12
ゆんさん♡

えーーー ❣
ゆんさん、松岡くんも知ってますか(๑• . •๑)??
きゃー(♡ >ω< ♡)❣
私も周りに松岡ファンが多くて…
当時松岡くんのサポートをしていたギタリスト🎸と知り合ったことで、
斉藤和義さんの音楽にも出会ったのです(,,> <,,)♡
尾崎が亡くなって25年だなんて…
ほんといつまでもかっこいいままでずるいな( *¯ ³¯*)♡

Commented by 苦も意図あり at 2017-01-24 22:35 x
『盲亀の浮木』
人とのつながりは盲亀浮木の如く。
大海に住む盲目の亀が百年にただ一度だけ海面に浮かんでくる時に、
たまたま穴の開いた流木が浮いて、その流木の穴に首入れるという仏教の寓話があります。言わば、めぐり合うことは非常に難しいことの例えです。

血のつながる家族となることは、盲亀浮木のような奇跡の確率です。
生まれてくることは、両親がいます。
両親のそれぞれの両親、合計4人。
このようにさかのぼって考えてみましょう。 
10代前を遡ったら自分と同じ血が流れている先祖は1024人。
20代前だと約100万人!!
そのうちのただのひとりでも欠けたら、自分はいま存在していないです。
「命」を次につないできたから、現在の自分の「命」があります・・・
奇跡的なことのように思えます。
そのように考えてみると、先祖の大切さがわかり、お墓の重さがわかります。
先祖に手を合わせて感謝しましょう。
by robetissage | 2016-04-24 03:20 | 音楽 | Comments(3)

校正士ときどき物書きをやってます。日本語の美しくて奥深いコトバを紡ぐ人でありたい。斉藤和義さんやGRAPEVINE、お馬さんが好き★


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